益田マスオ君のおうちは自転車屋さんです。一時は自動車の需要におされ、とてもひまな時がありました。でも、ここ数年はマウンテンバイクの流行で、お父さんも大忙しです。今年のクリスマスは、サンタマークの「すっ飛び」マウンテンバイクが人気の的。野留上町では、これが子供たちのステーイタス。なぜかといえば、雪の多いこの町でも元気よく遊べるように工夫されているからです。前輪にはスラローム用のソリがオートマチックで装着できます。後輪はミシラン製のワイドグリップスタッドレスタイヤ。そして、ひそかに囁かれているうわさによれば、「すっ飛び」は数秒間、空を飛べるらしいということです。

 去年のクリスマスが終わった1月ごろから、野留上町だけではなく、北の国のたくさんの町のお父さんやお母さんから注文があります。でも、マスオ君のお父さんとお母さんが組み立てることの出来る「すっ飛び」マウンテンバイクは一年間で125台。12月に入った今日までに124台は完成しました。残りの1台を、必死で組み立てを急いでいるお父さんです。先着順に組み立てて行きますが、引き取りに来てもらえるのは、この12月に入ってからです。お母さんは、引き取りに来たお客様の応対で、組み立ての仕事は出来なくなってしまいます。それだけではなく、山奥の交通の便の悪いお客様には、お母さん自ら「すっ飛び」に乗り配達もします。ですから、お母さんが配達に行っているときは、マスオ君も引き取りに来たお客様のお相手をお手伝いします。

 マスオ君のお父さんの名前は「輪作」と言います。これはマスオ君のおじいさんが、自分よりもっと上手な自転車作りの職人にしたいと、心を込めてつけた名前だそうです。お母さんは「鈴子」と言います。お母さんはとても元気で明るいのですが、チョットそそっかしいところがあります。なぜかといえば、お父さんとお母さんの出会いをお話しすれば分かるかと思います。

 二人の出会いのその時、小洲魯町生まれの鈴子さんが、小洲魯駅のデパートで買い物をして両手に一杯の荷物を下げ、2階から1階のフロァーに向けて意気揚々と階段を下りてきました。でも、そそっかしい鈴子さんは、荷物を一つ売り場に置き忘れてきたことに気付き、あわてて引き替えそうと思った瞬間に、足がもつれて真っ逆さま。そのとき、自転車を納品に来ていた輪作さんの真上に鈴子さんが落ちてきました。輪作さんが言うには、にぎやかな鈴の音とともに鈴子さんが降ってきたそうです。輪作さんは鈴子さんの下敷きになりましたが、ちょとした打撲程度。鈴子さんは輪作さんのおかげで軽いかすり傷程度でした。鈴子さんは、迷惑をかけたおわびをして、もし何かあったらと名前と連絡先を書き輪作さんにわたしました。それを見た輪作さんは、字のきれいなことと、自転車には鈴がつきものだと、結婚するならこの人しかいないと決めたそうです。

 ことしの124台目の注文は、マスオ君と同じ10才になった子供を持つお父さんからの注文でした。そのお父さんは、11月のなかばに注文をしに来た帰り、乗ってきた自動車が凍った道路でスリップし、橋のらんかんに激突しました。そして、それがお父さんに出来る最後のクリスマスプレゼントになってしまったのです。ですから、輪作さんはこの124台目の「すっ飛び」は丹念に作りました。その子のお父さんの名前と、その子の名前を刻んだエンブレムをハンドルにうめこみ特別立派に仕上げました。

 今日は、12月の24日。クリスマスイブの日です。この124台目の「すっ飛び」も今日中に届けなければなりません。鈴子さんは用心のために、朝早く家を出ました。この日はめずらしく雪もやみ、とてもきれいな青空がひろがっていました。今日の届け先は、距離はあまりありませんが、雪の深い所で自動車やバスが入れません。冬の交通としては、スノーモービルかクロスカントリーのスキーしかありません。鈴子さんは帰り道のために、短めのスキーを背負いました。そして、もしものことがあったら大変ですので、雪の深いところへ出かけるときは忘れずにトランシーバーを持って行きます。家を出るとすぐにゆるい上り坂です。「すっ飛び」で約2時間、懸命に漕いて登らなければなりません。でも、それからは「すっ飛び」をソリモードに切り替え、快適なスラローム、30分で到着です。帰り道は、鈴子さんのお得意なクロカンです。もしかして、行くときよりも時間が掛からないかもしれません。「そうね、今日は早く帰ってパーティーの準備をしなくちゃね・・・、最後の『すっ飛び』も今日中に出来上がるし、お父さんが今作っている最後の『すっ飛び』は配達しないですむしね。」と、そんなことを考えながら登ってきたら、もう峠です。

 いよいよ「すっ飛び」をソリモードに切り替えます。ギャ比も変えてフルパワーで加速して行きます。鈴子さんは、鼻歌まじりで爽快に滑って行きました。でも、ここのスロープには一箇所とても危険な場所がありました。温泉の地熱で雪が積もらない場所があったのです。上から見ると薄っすら雪が掛かっていて、チョト見にはわかりません。鈴子さんの乗った「すっ飛び」は、そこの岩場に乗った瞬間大きくブレーキが掛かり、鈴子さんのからだは数メートル宙舞いました。そして、前輪のソリの取付部分が折れてしまいました。鈴子さんも着地をしたときに、無意識に手で頭をかばったため右手首をくじいてしまいました。一瞬、何が起こったかわからなくなった鈴子さんは、助けを呼ぼうかと持ってきたトランシバーを捜しました。トランシバーはすぐに見つかりましたが・・・。「でもね!お父さんは今日中にマスオにプレゼントする最後の一台を組み立てているところだし。お父さんに来てもらったら、それができなくなってしまう。『すっ飛び』も取付部分を取り替えればすぐに直るし、これから『すっ飛び』を押して帰っても3時間もあれば家に着くわ。」鈴子さんは右腕をかばいながら、家へ急ぎました。

 鈴子さんが、家に辿り着いたのは昼を過ぎていました。緊張と寒さで、あまり痛みを感じなかった右手首が、我慢できないほど痛くなりました。「すっ飛び」はすぐに治りましたが、鈴子さんはすぐには治りませんでした。お父さんはマスオ君に言いました。「マスオ、この最後の一台の『すっ飛び』はマスオにプレゼントするために組み立てていたんだけど、お父さんはお母さんの代わりに配達しなければならない。だからおまえに渡すのは一日遅れてしまう。クリスマスの夜で我慢してくれ。」マスオ君はクリスマスの朝、友達に会ってプレゼントにどんなものをもらったか見せっこをする約束をしていました。それが出来なくなるのが、とても残念でたまりません。「お父さん、ぼくが届けるよ。」でも、輪作さんは言いました。「これから出掛けると、帰りは夜になってしまう。お母さんが怪我をしたくらいの道だから、マスオには危険すぎる。お母さんの看病をしながら待っていなさい。」「そう!それから修理が終わったら、頼んでんでいたクリスマス料理の材料を取りに行って来るからね。帰りは夜道になるからヘッドランプを用意しておいてくれ。電池の点検も忘れずにしておくように。」輪作さんは、修理が終わると近所まで出掛けました。2、30分で戻る予定です。マスオ君はヘッドランプを点検しながら考えました。「やっぱり、ぼくが行こう!」

 マスオ君が出発した時間は午後2時。雪国の冬はすぐに暗くなります。着く前に暗くなるのは覚悟しなければなりません。運が悪いことに小雪がちらつきはじめました。マスオ君の体力ではお母さんのようなわけには行きません。少しずつ積もった雪が車輪を重くします。まして視界は悪くなる一方です。

 一方、お父さんは30分して戻ってきました。すぐに自転車が無いことに気づきマスオ君が届けに向かったとわかりました。夜道はとても危険です。お父さんは追いかけて行こうか迷いました。しかし、追っていっても車輪の後が残っているかどうか。「マスオの力を信じて様子を見ることにしよう。」心配しながら待つことにしました。

 マスオ君はやっとのことで峠にたどり着きました。もう着いたも同然、ここからは緩やかな下り道。しかし、あたりはもう真っ暗です。よほど慎重に滑って行かなければなりません。ヘッドランプの位置を調整してギャ比を変え、ソリモードに切り替えスラロームに入ります。順調な滑り出しですが、ときおり小雪が視界をさえぎります。スピードを出さないように心がけてはいましたが、早く届けたいとの一心で、だんだんスピードが乗ってきました。マスオ君は余裕が出てきたのかこんなことを考えていました。「この『すっ飛び』を待っている子は僕と同じ歳だって聞いていたけど、男の子か女の子か聞くのを忘れっちゃたな・・・・。そうだエンブレムのところに名前があったけ。」とのぞきこみました。「YUKIKO」と彫られた名前を確認して目をあげたとたんお母さんが事故を起こした岩場がうっすらと目に入りました。スピードが出過ぎていたので止まれません。マスオ君は反射的に目をつぶり念じました。「『すっ飛び』は空を飛べるんだ。」そのとき、雪をけっていた音がぴたりとやみ『すっ飛び』は10メートルほど空を飛んだのです。でも、着地をする瞬間までマスオ君は目をつぶっていましたので、自分でも本当に空を飛んだのか、すぐには信じられませんでした。

 雪子ちゅんの家は丸太小屋で、暖炉の煙突から煙が立っているが見えました。入り口には数個の鈴でできた呼び鈴のひもがぶら下がっています。マスオ君がそのひもを引くと、とてもきれいな音がしてすぐにドアが開きました。そして、マスオ君よりすこし背が高いけどかわいい女の子が、にこやかに出迎えてくれました。その後ろには、とてもやさしそうなお母さんが見えました。そのお母さんはマスオ君を見るなり「まぁなんてかわいいサンタさんだこと。」といいながら部屋の中に案内してくれました。部屋の中は、暖炉の火が赤々と燃えていて、冷え切った体もすぐに暖かくなりました。マスオ君は、今日の出来事の一部始終をお母さんに説明しました。自分のお母さんが事故を起こした事、その代わりに自分が配達したので遅くなった事。雪子ちゃんのお母さんはとても心配して、マスオ君に今夜は泊まっていくようにすすめました。しかし、マスオ君はお父さんたちが心配しているはずだからとことわりました。そして温かいミルクココアをごちそうになった後、雪子ちゃんのスキーを借りて帰ることにしました。お母さんがそのスキーをさがしているあいだに、マスオ君は、雪子ちゃんのお母さんには内緒にしていた事を、雪子ちゃんに話しました。「さっきほんの一瞬だけど『すっ飛び』が空を飛んだんだよ。」「エー やっばり空を飛べるていううわさは本当だったんだ。」「それで、どうやったら飛べたの?」「目をつぶって、『飛べ』て叫ぶんだよ・・いや、心の中で叫ぶんだ。」雪子ちゃんはうそみたいな話だと思いましたが、マスオ君の真剣な話方から本当のことだと信じました。それに、サンタクロースはお父さんだということはわかっていましたが、お父さんが亡くなってしまった今でも、こうしてプレゼントが届いたのですから。それは、心の中で信じていればどんなことでも、現実として目の前に現れるのだと。

 充分にからだを暖めておもてに出たころには、雪もやみきれいな星空になっていました。ひときは大きく輝く星に向かって行けば道には迷いません。帰り道をいそぐ中、ふと空に目をやると流れ星が見えました。マスオ君はすぐに願い事をしました。「ぼくの『すっ飛び』も空を飛べますように・・・」。


クリスマス童話

すっ飛びのクリスマス

作 山下 哲範